FECは東欧・中欧との交流事業の先駆者
2006年06月08日更新
とき
2006年06月08日(木)
内容
FECは、わが国と接触の機会が少ない国、地域との交流を促進するという活動方針に基づき、昭和63年から当時の東欧諸国との相互交流を進めるため、国内においてユーゴ、ハンガリー、ポーランド各国大使等を招いての経済セミナー、女性セミナーなどの催しを開催し、併せて東欧への経済等各種ミッションの派遣を行った。その間ベルリンの壁の崩壊など東欧情勢が激変、FECが民主化を予測した如く、東欧との交流に着手した先見性に外交関係者から少なからず評価する声があった。その後もポーランド、ハンガリー、ブルガリ、チェコ、スロバキア等からの政府ミッションを地方に受入れ、地域経済人との経済懇談会などを開き、東欧との交流を深めるために尽力した。
ベルリンの壁崩壊の直前から東欧との交流開始
FECは、ベルリンの壁が崩壊する直前の昭和63年(1988)から当時の社会主義国の東欧各国も欧州であるとの国民の関心は高いという世論調査結果を受けて、各国の諸事情を知るための東欧セミナーを東欧の各国駐日大使を招き開催した。
1990年にいち早く経済ミッションを東欧に派遣
FECは、1990年(平成2年)の6月、7月と12月に3度にわたりハンガリー、ポーランド、チェコスロバキア、東ドイツにFEC経済ミッションを企業関係者により編成し実施した。その後も東欧に経済ミッションを実施した。ミッションの派遣を通じて日本企業の東欧への進出や貿易、観光分野での関係も深まった。
各国からの経済ミッションと研修生の受入れ
FECは経済ミッションの派遣を経て各国からの政治ミッションを受入れて投資・貿易セミナーを各地で開催。その後各企業視察も企業の協力を得て実施した。ポーランドから政府の若手官僚の短期研修生を受入れてFEC事務局で実務を通じての教育を行い民主化支援プログラムの一つとした。
1989.6 東欧問題フォーラムにおける 東欧6ヶ国駐日大使と鎌倉前警視総監 |
1992.4. ルーマニア政府経済ミッションを招き 経済投資セミナー(名古屋) |
1992.4. ポーランド政府経済ミッションを招き 経済交流セミナー(浜松) |